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2011年 11月 17日 今日は八戸
今朝は初雪だったとか。しんしんと冷える。繁華街で長浜ラーメン一心亭のかためんラーメンを食べた。福岡市長浜の本店より美味い。しかめっ面の店長を誉めたら、ニコッとそうこうを崩した。食べながらメニューを眺めていたらキクラゲラーメンがあった。残念〓。八戸で長浜ラーメン?っと近くにラーメン屋がなかったので、ま、しょうがないかと思って入ったところが意外や意外。だからろくにメニューも見ていなかったのだ。久留米の大砲ラーメンもいいけれどキクラゲラーメンのないところがおしい。その弟子筋の天砲ラーメンにはちゃんとある。ちなみに、長浜ラーメンは正確に言えば博多ラーメンとは言わない。福岡市は市内を流れる那珂川を挟んで東部の博多、西部の福岡にわかれている。博多は商都、福岡は城下町。JRは博多駅、西鉄は福岡駅。長浜は福岡市中央区に位置するので博多ではない。だいたい博多ラーメンやトンコツラーメンなどと言うようになったのは、この20〜30年だ。博多にはラーメンといえばトンコツしかなかったし、トンコツラーメ
ンがラーメンだったのだ。
大学生になって東京に来て、初めてラーメン屋に入ってラーメンを注文した。出てきたラーメンを見たとき「騙された!」と思った。汁が黒かった。箸も着けず、席を蹴って出てきた。二軒目もそうだった。東京に出る時祖母から「都会にはろくな連中はいないから、騙されるな。」と重々諭されていた。
三軒目に入って、今度は大丈夫だろうと、周りを見てみるとなんと、その黒汁のラーメンを皆、旨そうにすすっている。
注文してその黒汁ラーメンを一口すすってみた。「東京人はこれをラーメンとよんでいるのか。ケッ!」
母国語と外国語、くらいに差のあるのがラーメンにたいする味覚のようだ。。それぞれの風土で味は醸成されていく。味覚は郷愁かもしれない。
# by kyorakuza | 2011-11-17 03:26
2011年 11月 10日 ケータイからの投稿です
そんなことできるのかな、と思ってケータイをいじっています。
# by kyorakuza | 2011-11-10 01:49
2011年 05月 27日 山本作兵衛さん
 今日は富山に来ています。この7月8月に演劇鑑賞会の中部北陸ブロックで『しのだづま考』の上演が決まり、その事前の勉強会にお招きいただいてこの十日間ほど各地を巡っているのです。
 三月の旅日記からまたずいぶん飛んでしまいましたが、4月1・2日の三多摩演劇鑑賞会では計画停電の中、開演時間を変更して『しのだづま考』無事舞台を務めることができました。
 また、演劇鑑賞会関越ブロックの例会は当初の計画では4月の予定であったところを地震の影響で使用不可能となったホールが出たために、5月に延期となり『をぐり考』生演奏付き11ステージ、無事千秋楽を迎えることができました。演劇鑑賞会の皆さまのお力添え、スタッフそして生演奏陣の皆さまのご協力に心から感謝しています。それぞれのステージであらためて発見があり工夫を重ねたところもありますので、企業秘密以外のところは、おいおい書いていきますね。

 さて、今日(実はもう昨日)一番のニュースは、筑豊の画狂と謳われた山本作兵衛さんの炭鉱絵の数々が、ユネスコの世界記憶遺産に登録されたことです。フランス革命の「人権宣言」や「アンネの日記」と並んで人類の遺産となったのですからスゴイ!
 山本作兵衛さんについては演劇雑誌「テアトロ」の本年4月号に「魅力か魔力か」と題して駄文を載せていますし、このHPのエッセイの欄に載せていますので、お読みいただくと僕と作兵衛さんのかかわりはお分かりいただけると思うのですが、もうひとつ、数年前にNHKのドキュメント「作兵衛さんの炭鉱(ヤマ)」で僕がレポーターになったり筑豊の炭鉱夫になったりした番組がオンエアされました。2時間番組だったでしょうか。
 語りを加賀美幸子アナウンサーと僕でつないでいったのですが、加賀美さんの語りの虜になったのはその時でした。だから去年は、無理を言って京楽座のワークショップにも来ていただきました。
 また、その時のディレクター渡辺考さんは先月京楽座稽古場の花見に小学生の娘さんを連れていらしていましたが、「これから福島に行くんです」とおっしゃっていました。
 原発事故の敷地内や汚染された村や町に入って約ひと月取材したドキュメントは5月15日(日)放送され、大反響を巻き起こしています。命がけの仕事です。
 山本作兵衛さんを画狂と言って心酔した記録作家の上野英信さんは「金を惜しむな、時間を惜しむな、命を惜しむな」をモットーに「炭鉱」を描き続け1987年没。63歳でした。「追われゆく坑夫たち」「地の底の笑い話」「天皇陛下万歳ー爆弾三勇士序説」「出ニッポン記」等など上野先生の作品群も命がけの仕事でした。
 作兵衛さんが絵を描き始めたのは炭鉱を退職した60歳くらいからのこと。1984年没。享年92。
 僕が、上野英信さんに呼ばれ、筑豊の嘉穂劇場で『山本作兵衛翁記念祭』のお手伝いをしたのが1985年秋。
その翌年から、僕のひとり芝居の旅ははじまりました。 
# by kyorakuza | 2011-05-27 04:03
2011年 03月 27日 いろいろあった三月①
 まだ三月は終わっていないのに、次から次にという感じです。
3.9の乃木坂シアターコレドでの『エノケンチンドンバンド』お披露目ライブは、好評のうちに幕となったのですが、さて3・11。
 昼に武蔵小杉の稽古場に行き、車で築地の事務所に向かっていた3時ころ、田園調布のあたりで車が妙に揺れだしました。道の両側の並木や電柱や電線が揺れ始め、高層ビルとビルがぶつかりそうなほど揺れていました。ゆっくりゆっくり車を走らせたのですが途中から、救急車やパトカーのサイレンがひっきりなしに聞こえてきました。
 事務所に帰りつくと、10階の部屋は足の踏み場もないほど(じっさいもろもろを踏みつけながら歩いていました)の壊滅状態。制作部のクミちゃんの姿が見えず。声をかけるも応答なし。てっきり倒れた本箱の下敷きになったと思いました。が、あまりの恐怖でクミちゃんは外に避難していました。
 あまりショックが大きかったみたいなので気持ちを落ち着けるために事務所の3人でデニーズに行ってまずはお茶。
 それから片づけに入ったのですが、ようやく足の踏み場を確保したところでその日は午後8時にUP。
 交通機関がマヒ状態なので僕の車で二人の事務局を送っていくことにしましたが、結局送り終えて自宅に戻ったのは朝の6時でした。
 自宅も壊滅状態。ようやく寝る空間を確保して、バタン。
                                                続きは後日。
# by kyorakuza | 2011-03-27 01:43
2011年 03月 03日 乃木坂 コレドシアター 三月九日
 来週、乃木坂のコレドシアターで「エノケン・チンドン・バンド」のお披露目ライブやります。
コレドシアターは桃井かおりさんのお兄さんがオーナーをやっているクラブで、乃木神社の真ん前。小劇場やちょっとした催し物の会場として今人気のスポットです。
 僕がびっくりしたのは乃木神社が真ん前だっていうこと。ここは30年ほど前、芸能座公演『しみじみ日本 乃木大将』(作・井上ひさし/演出・木村光一)で稽古をしているころよく通ったのです。
 乃木大将は明治天皇が亡くなってから間もなく、静子夫人とともに殉死したのですが、その亡くなる日の夕方の数時間のうちに、その乃木邸に飼われている馬たちが「大将の様子がヘンだ。死ぬのか死なないのか、なぜ死ぬのか?」などと考えながら乃木大将の一生を振り返っていくという馬芝居でした。その中で僕は唯一人間の役。「感心な辻占売りの本多武松少年」という長い役名の少年でした。幕開きと終幕だけに出てくる役ですが現在は三河屋の小僧、乃木大将の書生になりたくて近所の酒屋に奉公しているという少年、実はお父さんは日露戦争の戦死者。あの手この手で乃木大将に取り入ろうとするのですが、ななかなOKを出してくれない大将に向かって最後は「僕のお父さんは…閣下の作戦下手のせいで戦死したようなものなんですよ!」と言ってのけるしたたかな少年でもありました。
 乃木坂のクラブと聞いて、どうも僕にはなじみのないところだなあと思って先日このクラブに行ってみたら、正面が乃木神社!馴染がないどころか思い出深い坂道でした。
 ここでライブをやります。どうぞにぎにぎしくお運びください。
 歌います踊ります!
 
# by kyorakuza | 2011-03-03 01:55
2011年 02月 15日 河童さんの結婚記念日
2月6日は妹尾河童さんの結婚50周年、いわゆる金婚式でした。昨年10月末、『中西和久のエノケン』紀伊國屋ホール公演の打ち上げの席で河童さんから50周年になる由聞いていました。でも、河童さんの結婚記念日は普通とはちょっと違う日なのです。
 毎年、この日に奥さんを前にして「また一年お願いできますか?」と確認をするらしいのです。つまり結婚記念日は結婚更新日でもあるのです。
 それで、6日に河童さんに電話で伺いました。
「どうでした?更新できました?」
「余計なこと聞くんじゃない!これからその話をするところだ!」

今日、電話で聞いたら、うまくいったみたいです。
河童さん、おめでとう。
# by kyorakuza | 2011-02-15 22:44
2011年 01月 25日 『しのだづま考』 信州の旅
 一月の信州は雪の中です。二十日を初日に長野、上田、松本の演劇鑑賞会を巡りました。上田、松本は1998年に上演しているのでこれが二度目になります。その折、上田・松本ではステージごとに投げ銭が飛んできたので上演記念に上田では贔屓幟を、松本では会場玄関に飾る提灯を作っていただきました。
 さて今回もこの二つの町では終演後投げ銭の嵐となりました。不思議なもので投げ銭というものはあたっても痛くないものですね。さて今度は何を作ろうか…。
 長野市民会館は約1600の会場。この三月に建て替えのために取り壊されるとか。
 上田市民会館では21・22日と2ステージ。キャパ1500ほど。
 松本市民芸術館でも24・25日の2ステージ。キャパ800ほど。
 まつもと市民劇場で1998年に上演した折は、400席ほどの中央公民館で一週間9ステージ。7月の後半で冷房なし。この上演で僕は一気に5kg痩せました。というより死ぬかと思った。こんなハードスケジュールはもう無理です。
 ただそのおかげかどうか、この年僕は松本市民劇場賞最優秀俳優賞を受賞しました。

 今年は信州も寒さは一段と厳しいそうですが、九州生まれの僕にはこの雪景色はうっとりです。というより信州の景色は春夏秋冬いつ見ても魅力的です。
 明日は伊那文化会館での上演です。一段と寒さが厳しくなるとか。インフルエンザが流行っています。どうぞご自愛ください。 
# by kyorakuza | 2011-01-25 23:55
2011年 01月 05日 今年は紅白!
 そろそろ正月気分も抜けてくる頃でしょうか。いや、コンビニは年中無休だし、どこもかしこも休んでいる暇なんてないという状況ですねえ。「紅白」もバラエティも年中やっているようなものだから珍しいものではなくなって、このところテレビなんて見なくなりました。
 「レコード大賞」やったかと思うと正月あけは「ゴールドディスク大賞」!?
 レコード大賞ってまだあったの?しかも今年は、あの床屋で嫌がらせを受けたようなソリコミのある男の歌い手や後ろで歌には必要でもないようなダンスを踊っている男たちのグループ…まだ名前が出てこない。僕は20年ほど前に買った住所を管理する器械「ザウルス」を使っているけど、それによく似た名前のグループ。
三年連続のレコード大賞だ???よほど歌い手がいないのかねえ?
 ディスク大賞は「嵐」だって。これは漢字一文字だから覚えやすい。ただ、どれもこれも歌は覚えにくい。覚えようとも思わないけど…。
 さて、今年の「レコ大」は『中西和久のエノケン』でしょう。
 めざせ「紅白」!
 誰も言ってくれないから、自分で自分を励ましている。

 『中西和久のエノケン』サウンドトラック版CD、好評発売中!1,500円
 
# by kyorakuza | 2011-01-05 23:58
2011年 01月 01日 あけましておめでとうございます 
 寒い正月になりました。去年の夏は猛暑だったのに…。今年も年賀状まだまだ終わらず。
 
 今年もどうぞよろしく。
# by kyorakuza | 2011-01-01 21:32
2010年 12月 29日 2010年 年の瀬 
 『中西和久のエノケン』の旅が終わって、しばし脱力状態。毎日楽器演奏やタップダンスに明け暮れていたのがシーンとした日常に戻りました。
 ただ、僕個人に関しては来月は演劇鑑賞会長野県ブロックで『しのだづま考』のツアーが組まれています。
1月20日長野、21日~22日上田、24~25日松本、26日伊那。
 この季節ですから長野は雪の中でしょう。エノケンの旅は4トン車でしたが説経節シリーズは、専用の2トンロングのトラックです。タイヤをすべてスタッドレスに変えました。
 台詞もはぼ、回復。年明けからはスタッフも揃っての稽古に入ります。
 また、「エノケン」に出演していた海 浩気と井上思麻そして座員の長戸綾子はふじたあさや先生演出の『枡形城の落日』(5月の上演)出演のため稽古に入りました。

 さてさて今年も残り少なくなりました。
 『中西和久のエノケン』初演の時、楽屋に訪ねてこられてしばし話し込まれた筑紫哲也さんは三回忌を過ぎました。今年の紀伊国屋ホール公演にはその元秘書の方がお見えでした。
 
 4月9日、初舞台から大変お世話になった井上ひさし先生没(75歳)。井上先生のお芝居によって僕は演劇のABCを教えていただいたといっても過言ではありません。前年の秋、天王洲で『組曲 虐殺』を見た時が先生をお見かけした最後でした。7月1日、丸の内の東京会館で「お別れの会」。

 4月27日、劇団民芸の女優北林谷栄さん没(98歳)。北林さんは中西の『しのだづま考』をやりたいと言っって企画され、民芸も『北林版 しのだづま考』製作に乗り出したところで倒れられたという経緯があります。僕の芝居も何度か見に来られました。何年か病院に入って療養されていたと伺いました。 7月11日、紀伊國屋サザンシアターで「偲ぶ会」が催されました。

 お一人お一人上げていくと…今年もいろんな人がお亡くなりになられました。
 11月1日、劇団民芸の女優津田京子さん没(62歳)。ぼくの唯一の主演映画『菜の花』で、僕の女房役でした。

 11月末、NHKのドキュメント番組でよく一緒に出させていただいたジャーナリストの朝倉喬司さん没(67歳)。下戸の僕が新宿のゴールデン街で、よくご一緒した数少ない人です。河内音頭の東京の応援団長でもありました。

 これは最近知ったことですが、8月22日福岡県飯塚市の嘉穂劇場の小屋主伊藤英子さん没(91歳)。ニッセイバックステージ賞といって、舞台芸術を裏から支えている人に与えられる演劇賞があります。その選考委員会から僕にも依頼があったので推薦状を2・3年出し続けたら、受賞されました。3・4年前です。帰省の折に、お参りに行こうと思います。

 クリスマスから大晦日までのこの数日、何となくポカーンとしていますね。
 数日前まではクリスチャンで除夜の鐘が鳴ると仏教徒になり、今度は早変わりで初詣、つまり神道です。わけのわからない国ですね。ここは。
 
 では、楽しいお正月を…

 
# by kyorakuza | 2010-12-29 23:38